こんにちは、ねりきりです。
【離婚体験談】きっかけ②の続きです。
離婚調停の申し立て
家庭裁判所はうちから車で30分もかからない場所にありました。
郵送でも申し立ては出来ますが、細かいところがわかり辛かったので、私は裁判所に直接行って手続きしました。
家事受付窓口と書かれた部屋の前に、銀行や郵便局にあるような発券機が置いてあります。
紙を取るとすぐに「お入りください」と呼び出しの音声が流れました。
窓口の方は30代くらいの男性でした。
冷たい雰囲気はなく、きちんと話を聞いてくれる方でした。
かいつまんで事情を話し、
「離婚調停を申し立てたい」
と言うと、書類と必要な切手の種類を書いたメモを用意してくれ、近くのコンビニを案内してくれました。
コンビニは裁判所からのお客さんが多いようで、すぐに切手を用意してくれました。
書類はダウンロードしたものにある程度書いていったのですが、複写式だったので、結局、書き直しました。
所要時間はおよそ1時間くらいだったでしょうか。
離婚調停は郵送でも申し込み出来ますが、不備のチェックもしてもらえるので、時間がある方は直接行かれる方が良いかもです。
調停期日通知書
離婚調停を申し立ててから約一週間後、調停期日通知書(呼出し状)が郵送されてきました。
調停期日通知書には事件番号(今後、裁判所に連絡するときは必ずこれが必要になります)や担当書記官の名前、調停が行われる期日が書かれていました。
さらに、①あなたの収入状況がわかる資料と②年金分割のための情報通知書を用意してください、というメモが。
私は同居したまま調停を申し立てたので、もと夫にも家庭裁判所から書類が届いたのを知っていました。
しかしその頃、夫婦の会話はほとんどなく、必要最低限のみメールでやりとりするくらいだったので、もと夫には何も言われませんでした。
年金事務所で見かけた老婦人
年金分割の通知書をもらいに、年金事務所に行ったとき、出くわした光景が今でも記憶に残っています。
その方はおそらく70歳前後で、そこそこお金持ちの家の奥様だったのかなあ、と思います。話し方や服装がとても上品だったので。
その方、年金事務所の窓口の若いお姉さんに訴えていました。要点はこう。
- 夫に追い出され、無理やり離婚させられた
- それなのに何ももらえなかった
- お金がなく、このままでは死ぬしかない
- 夫には家も財産もある。年金もかけていたはず
- 何とかしてほしい
年金事務所はそこそこ混んでいて、順番待ちの人がたくさんいました。
老婦人は窓口のひとつをずっと占領していて、聞きたくなくても声が聞こえたんです。
大変な状況で、すごくお気の毒だったんですけど…。
老婦人が助けを求めるべきなのは、年金事務所じゃなく弁護士事務所ですよね。
窓口のお姉さんは対応に四苦八苦していたけれど、誰からも救いの手は来ず。
私の用事が終わるまで、老婦人は切々と訴え続けていました。
あの後、彼女はどうしたんだろう、と時々思い出します。
高齢で、ネット検索などが出来なかったのでしょうか。
誰かに助けてもらえてたら良いのですが。
情報の大切さを実感する出来事でした。
離婚調停開始
いよいよ調停期日、私は元夫より先に裁判所に向かいました。
早めに家を出たとはいえ、もと夫は出かける準備すらしてなかったので大丈夫かな、と思いました。
理由は後になってわかりました。
離婚調停は、こんな風に進むんです。
↓(交代)
申し立てられた人が調停委員と話す(約30分)
↓(交代)
申し立てた人が調停委員と話す(約30分)
↓(交代)
申し立てられた人が調停委員と話す(約30分)
↓
次回の期日を決定して終了
申し立てられた人は、申し立てた人より30分ほど遅い時間に呼び出されているんです。
家庭裁判所の出入り口で、夫婦が遭遇することがないよう配慮されてるんだと思います。
申し立てを行ったのと同じ場所、家事受付で調停期日通知書を見せ、事前に書いておいた陳述書を提出。
待合室で待つよう案内されました。
この時、私が提出した陳述書のひな形はこちらにあります↓
待合室は長い廊下の両端に二つありました。
なので、夫婦が顔を合わせることは最後までありません。
待合室には長椅子がいくつか並んでいて、絵本も置かれていました。
子ども連れで調停に来る人のためでしょうか。
何組か待っている人がいましたが、一人ぼっちなのは私だけでした。
この後、私は何度もこの待合室を訪れることになりますが、弁護士連れや家族連れの方が多かった印象です。
もちろん調停の内容は離婚ばかりではないようでしたが。
私同様、一人ぼっちで待ってる若い女性を見かけた時は、心の中でエールを送りました。